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大阪地方裁判所 平成10年(モ)4619号 決定

申立人(原告) X

相手方(被告) 商工組合中央金庫

主文

一  相手方(被告商工組合中央金庫)は、申立人に関する職員考課表のうち、昭和六二年分以降の最終評定者・第二次評定者用考課表及び平成元年分以降の第一次評定者用考課表・面接記録表を提出せよ。

二  申立人のその余の申立てを却下する。

理由

一  申立ての要旨

申立人は、相手方が作成し保管している申立人に関する職員考課表のうち、昭和五九年分以降の最終評定者・第二次評定者用考課表及び平成元年分以降の第一次評定者用考課表・面接記録表につき、文書提出命令を求めた。

申立人は、職員考課表は、個人情報コントロール権の対象として労働者が使用者に閲覧を求めることができる文書(民訴法二二〇条二号)あるいは申立人と相手方の労働契約に基づく就労関係について作成された法律関係文書(同条三号後段)に該当し、しからずとも同条四号文書に該当すると主張し、相手方は、職員考課表は、申立人が閲覧を求めることができる文書又は申立人・相手方間の法律関係について作成された文書ではなく、また、自己使用文書であるとして、提出義務の存在を争っている。

二  当裁判所の判断

1  まず、申立人が提出を求める職員考課表の作成根拠、記載内容、作成目的等について検討する。

(一)  職員考課表は、相手方の人事考課制度に基づき、評定者が部下の考課をする際に用いられるもので、その作成、記載内容、保管等については、相手方の人事部の通牒によって定められている。その内容は、昭和六二年に導入された新人事制度におけるものと、それ以前の旧人事制度におけるものとで若干異なる。

(二)  旧人事制度における職員考課表は、人事部の昭和五三年三月三一日付け通牒(乙二一、以下「旧通牒」という。)において定められている「人事考課要綱」(以下「旧要綱」という。)において、評定者が考課を実施する際に作成が義務付けられているものである。なお、旧通牒には、「今般、新資格制度の発足に伴い、また人事考課を公開する考え方に立って、下記のとおり人事考課要綱を定め、昭和五三年四月一日から実施することとしましたので通知します。」との記載があり、人事考課を公開する考え方を前提として、旧要綱が定められたことが明らかにされている。

旧要綱においては、人事考課の内容について、職員の資格に対応して、考課項目、内容、評定尺度が明示されており、それぞれA、B、Cの三段階の評価をするものとされ、職員考課表には、その評定結果を記載するとともに、評定がA又はCの場合には、「説明」欄にその理由を必ず記入するものとされている。なお、職員考課表の様式は、旧要綱に別紙として添付されており、考課の具体的方法及び考課表の具体的記入方法は、別に定める人事考課評定要領において定められている。また、職員考課表(正本)は、人事部長が保管し、その保存期間は五年とされている。

考課結果は、被評定者に対し、口頭で通知するものとされている。

(三)  新人事制度における職員考課表は、人事部の昭和六二年二月二七日付け通牒(乙一五、以下「新通牒」という。)において、評定者が考課を実施する際に作成が義務付けられているもので、これによれば、職員の資格に対応し、三つの区分(業績、勤務態度、能力)ごとに評定項目、内容、評定項目別ウエイトが定められており、職員考課表には、これに従ってA(要求するレベルをはるかに上回っている)、B(要求するレベル以上である)又はC(要求するレベルに及ばない)の評価を記入することとされている。また、職員考課表には、第一次評定者用考課表と最終評定者・第二次評定者用考課表があり、第一次評定者用考課表には、指導観察メモ(被評定者の日常における業務面についての能力の発揮度合、勤務態度並びに指導とその効果等に関し、特筆される事項を記入するもの。)が付される。

考課結果は、旧人事制度におけると同様本人に口頭で通知するものとされる。この点につき、昭和六二年度年間考課実施要領(甲六三)によれば、「考課結果は、本人にフィードバックし、能力開発に活用するとともに、公正な処遇の重要な基礎資料ともなることから、特にA又はCと評定した項目については明確に説明できるようにしておくもの」とされている。また、通知の際の面接結果は、第一次評定者用考課表とともに保管される面接記録表に記載されるべきものとされている。

さらに、保存については、第一次評定者用考課表及び面接記録表並びに最終評定者・第二次評定者用考課表(控)は、部室店長が五年間保存し、その後廃棄するものとされ、最終評定者・第二次評定者用考課表(正)は、人事部長が保管し、保存期間は一〇年とされている。

(四)  以上によれば、相手方の人事考課制度は、新旧の人事制度を通じ、これを公開する考えに立ってその内容が公開されており、通牒において、各資格ごとの考課項目、内容、評定尺度、ウエイト等が明示されているものである。そして、職員考課表は、旧人事制度におけると新人事制度におけるとを問わず、相手方の人事部の通牒によって作成及び保管が義務付けられているもので、その内容も右通牒において具体的に定められており、特に旧人事制度のもとにおいては、職員考課表の様式も公表されていたものである。また、新旧の人事制度を通じ、職員考課表そのものを公開する旨の規定は存在しないが、考課結果は口頭で被評定者に通知するものとされ、さらに、A又はCと評価した場合においては、その理由を被評定者に説明しなければならないことが前提とされている。

2  そこで、本件申立てにかかる職員考課表が民事訴訟法第二二〇条第二号に該当する文書であるかどうかについてみるに、同号にいう文書は、挙証者が文書の所持者に対し引渡し又は閲覧を求めることができる文書とされているところ、前述のように、右職員考課表については、これを被評定者に引渡し、あるいは閲覧させるとの規定はないから、これを同号に該当する文書ということはできない。申立人は、右職員考課表について、個人情報コントロール権の対象として閲覧を求めることができる旨主張するが、独自の見解であって採用することができない。

3  次に、右職員考課表が同条三号後段の文書に該当する文書であるかどうかについてみるに、同号にいう文書は、挙証者と文書所持者間の法律関係自体及びこれと密接に関連する事項について記載された文書をいうところ、右職員考課表は、前述のとおり、人事部の通牒によって作成及び保管が義務づけられている文書で、人事考課制度の公正な運用を客観的に担保することなどを目的として、その結果を被評定者に公開するとの前提でその評定の結果及び理由を記載するものであり、また、甲六二、六三及び弁論の全趣旨によれば、その評定結果は、昇給昇格の要件と密接に結びついていることが認められることからすれば、職員考課表は、申立人と相手方との労働契約関係と密接に関連する事項を記載した文書であるということができ、同条三号後段の文書に該当するというべきである。

相手方は、右文書が自己使用文書であると主張するが、同条三号が、同条四号と異なり、文書所持者の自己使用のために作成された文書を提出除外事由としなかったことからすれば、自己使用文書であるとの理由で同条三号後段の文書に当たらないとすることには疑問がある。ただ、仮に、自己使用文書が同条三号後段の文書から除外されると解するとしても、職員考課表は、人事考課制度の公正な運用を客観的に担保するために作成されるもので、人事考課において相手方の便宜上作成されるメモや覚え書の類と同視できないことは明らかであり、また、その記載内容が通牒に定められて公開されていることに鑑みると、これを人事考課の意思決定過程において作成される相手方の自己使用のための文書あるいは内部文書ということはできない。なお、右のような職員考課表の内容、さらにその結果を被評定者に通知するものとされていることに鑑みれば、職員考課表を公開することにより、相手方の適正な人事考課制度の運用が著しく困難になるとも考え難い。

さらに、相手方は、人事制度の公開・非公開は相手方が裁量により決定しうる事柄であり、職員考課表については、これを非公開としていることを理由に、その提出義務を争うが、所持者が公開する意思を有していないからといって文書提出義務が否定されるものではなく、文書提出義務の存否は、所持者の意思をも考慮しつつ、主として当該文書の性質、内容等から客観的に判断すべきものであるから、相手方の主張は採用できない。

また、相手方は、申立人の考課結果は公表しており、本訴においても争いのないところであることを理由に、職員考課表の取調べの必要性がないとも主張する。しかしながら、職員考課表には、評定結果のみならず、特記事項や指導観察メモ等も記載されているもので、その内容が本訴においてすべて明らかになっているものではないから、必要性が全くないとはいえない。

以上の次第で、職員考課表は、民訴法二二〇条三号後段に該当する文書であるから、相手方には、その提出義務があるというべきである。

4  ところで、職員考課表の保存期間は、旧人事制度におけるものは五年、新人事制度におけるものは、第一次評定者用考課表・面接記録表は五年、最終評定者・第二次評定者用考課表は一〇年であるが、本訴が提起されたのは平成六年であり、本訴における申立人の請求の内容に鑑み、当時存在していた職員考課表は相手方において現在まで保管しているものと推認されるから、相手方に対し、平成元年分以降の第一次評定者用考課表・面接記録表及び昭和六二年分以降の最終評定者・第二次評定者用考課表の提出を命ずることとする。なお、申立人は、昭和五九年分から昭和六一年分までの最終評定者・第二次評定者用考課表の提出も求めるが、前記のとおり、旧人事制度のもとにおける職員考課表の保存期間は五年であるから、平成六年当時は、すでに旧人事制度のもとにおける職員考課表の保存期間はすべて経過していたことになるから、相手方が、昭和六一年分以前の職員考課表を所持しているものとは認められない。したがって、申立人の同年以前の職員考課表について提出を求める部分は理由がない。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 谷口安史 和田健)

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